日本人は鬼が大好き!その理由を考察する

おにの面

節分では、鬼は魔除けの対象として豆を投げつけられる対象ですが、日本人は鬼をどこか愛嬌のある存在として捉えているようです。

鬼が大嫌い、なんて人に会ったことありますか?

あなたも、鬼さん、好きでしょ?

どうして、日本人は鬼さんが好きなんでしょう?

その理由を考察してみました。

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日本人には鬼がユーモラスに感じる存在なのだ

幼い子供を「泣く子はいねがー!」と、恐怖に陥れる、あの「なまはげ」ですら、なんだかユーモラスだと思いませんか?

なまはげさんは外見のユーモラスさとは逆に、中に入っている人の声の迫力と動きの激しさで、日本人にとっては「怖くて面白い」存在になっています。

子供にとって怖いけれど周りの大人は笑顔になる。

そんな行事を鬼という存在が創り出してくれています。

個人的には、あの「泣く子はいねが〜」の、ナマハゲのお宅訪問は、幼児にとっては、トラウマになってしまう可能性をぬぐいきれず、ちょっと心配になります。

子供が成長して大人になって、ナマハゲに脅かされたことを忘れてしまっていても、

潜在意識の奥底に記憶として残ってしまうはずです。

大丈夫かな〜。

雷神(カミナリさん)は神様なのに外見は鬼です。

カミナリ様は、「雷神」と言われるくらいですから、元はと言えば神様のはずですよね。

しかし、見た目は「鬼」です。

昔の日本人は、鬼の中に「神様」を見たわけです。

それだけ、鬼に崇高な何かを見出したのです、昔の日本人は。

そしてカミナリ様と言えば、「ドリフの大爆笑」でしょう!

鬼の外見ですが、やっぱりドリフターズの高木ブーさんですから、親しみを感じないわけにはいきませんよね。

「鬼はユーモラス」の好例です。

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節分といえば『赤塚不二夫の鬼の面』

あなたは子供の頃、「節分」に、鬼のお面を作ったことがありますか?

小学校の図工の時間に鬼のお面を作ったことあるでしょ?

節分といえば、赤塚不二夫の鬼の面が欲しくて、でんろく豆を親に買ってもらって、でんろく豆は少しだけ頂く。

という昭和の小学生の低学年にありがちなパターンを私も通り過ぎて来ました。

ちょっと自慢したくて学校へ赤塚不二夫のお面を持って行くものの、自分たちで鬼の面を作る授業があると、赤塚不二夫鬼の面を持ってきた事が逆効果になってしまう、この気まずさとやるせなさ…。

赤塚不二夫先生にかかれば、鬼でさえ、トンマなキャラクターに変身です。

鬼に萌えを見出した日本人

神様=鬼という図式で言えば、外せないのが、アニメ、マンガの「うる星やつら」のキャラクター、

ラムちゃんだっちゃ!

あんなオニ、本当にいたらさぞかし楽しい日々を過ごせるでしょうね。

大好きなラムちゃんに豆を投げつける男はいないでしょう?

日本人は、鬼にまで「萌え」フィーリングを見出しました。

日本人が誇る「クールジャパン」のひとつ「カワイイ」を鬼にまで…。

子供も大人も妖怪大好き日本人

鬼は妖怪の一種らしいですから、そりゃ日本人に好かれるでしょう。

「妖怪ウオッチ」から「ゲゲゲの鬼太郎」「どろろん閻魔くん」などなど、日本人は妖怪に親しみを感じすぎでしょ!

適度に負けてくれるのが鬼のいいところ

それにしても、オニからしてみれば、普段から共存しているのに、「なんで節分の日だけ、いきなり豆投げつけてくんねん!」って気持ちですよね。

それに、なんもしてないのに、いきなりやって来た桃太郎一行に一方的に退治されて財宝まで奪われて…。

桃太郎一味って強盗団じゃないですか。

鬼:「オレが何したっていうんだ。おにくやし〜!

という負けどころを心得ているのです。

桃太郎や一寸法師にしても、良い悪役を演じてくれて、気持ちよく敗者になってくれる鬼さんたち。

愛おしいじゃありませんか。

日本人のストイックさが鬼を好きにさせている?

日本人はストイックなものに尊敬の念を抱きますよね。

他人から見て、

そこまでやらなくても…。というほどやり抜くど根性をもった人に対して「鬼」をつけます。

例えば、鬼コーチ。なんて言ったりします。

言われてるほうもまんざらではなく、コーチを受けているほうもストイックさによっている感があります。

「キックの鬼」

「バントの鬼」

「卓球の鬼」

「練習の鬼」

などなど。

鬼って、そんなに自分ストイックに打ち込むキャラでしたっけ?

多分、ストイックな人たちが、何かに打ち込んでいる時の形相が鬼のように怖い。または近づきがたいほどのオーラを出しているのが原因なのでしょう。

アニメの鬼といえば星一徹?

アニメつながりで話題をつなげていくと、私のような昭和のおっさんからしたら、鬼のイメージは「巨人の星」の「父ちゃん」こと星一徹です。

人間の記憶は曖昧なものです。

巨人の星の「鬼」の場面を、私は勝手にストーリーを変えて記憶していました。

主人公の星飛馬が劇中で遊園地に行き、鬼にボールを当てるアトラクションをやっているうちに、標的の鬼が、とうちゃんに見えてきて、父ちゃん憎さに、百発百中で鬼にボールを当てる。

しかし、本当のストーリーは全然違いました。

父ちゃんが星雲高校野球部のコーチに就任するので、親子らしいことができなくなるので、その前に親子ふたりで遊園地に行く。
鬼のアトラクションで飛雄馬が一球だけ標的を外すと、それまで穏やかだった父ちゃんが「ばかもの!」と怒り出す。
怒鳴られたのに飛馬は逆に嬉しくなってしまう。
(第21話 テストされる星監督)
そして、父ちゃんは星雲高校野球部のコーチとして、「へそ作戦」により、飛馬の前に立ちはだかるのであった。
 
父ちゃんがいつも表情がイカツイから、間違って記憶しちゃったじゃないですか!

鬼の起源は?

オニの起源は、大昔に日本列島に流れ着いて住み着いた西洋人だった。なんて話がありますよね。

日本人から見たら西洋人は大きくて髪も金髪の人もいます。

私は仕事で、知らない西洋人がルールを守っていなかったので注意をしたことがあります。

その人は、大きな体で顔を真っ赤にして私を挑発してきました。

普通は口にしちゃいけない言葉を使って!(英語です)

ううぉ〜!怖い!まるで赤オニだ〜!と思いました。

大昔の日本人も、そんなふうに思ってしまった可能性は…。ないか。

でも、プロ野球の大好きの方は憶えているでしょうか。

昭和の時代にヤクルトと近鉄で活躍したチャーリー・マニエル選手を。

彼のニックネームは『赤鬼』でした。

彼らから日本人を見た記録では、逆に『ガリバー旅行記』で我々日本人が「小人」ということになってしまっているわけです。

鬼、宇宙人説

鬼が西洋の人だった説の他に、

鬼は地球に不時着した宇宙人だった説

というのもあります。

おとぎ話の「泣いた赤鬼」。

あれは泣けますね。

あれは、不時着した赤鬼星人が、地球人とコミュニケーションをとるために、青鬼星人が自分を犠牲にして、地球人と赤鬼星人の同盟の条約集結を手伝ったという、実は政治を扱った物語だったのです。

桃太郎の鬼ヶ島も宇宙人の要塞です。

桃太郎は、桃のように見えた宇宙船に乗って地球にやってきた、動物と話のできるピーチ星人です。

他にも探せば「鬼は宇宙人」説はいくらでも出てくるでしょう。

そんなことを思いながら、節分には、「福」だけでなく「鬼」にも感謝の気持ちを持って豆を撒きましょう。

きっとあなたにも幸せが訪れます。

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