加藤茶が志村けんに一番人気を譲った頃のお話

加藤茶さんと志村けんさんの関係って憧れませんか?

あの空気感、いいですよね。

志村けんさんが荒井注さんに代わってザ・ドリフターズに入っていなかったら、ザ・ドリフターズはどのような道を歩んでいたのでしょうか?

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志村けんさんがドリフターズでブレイクしていなかったら加藤茶さんはどうなった?

志村けんさんが入る前のドリフターズは既に完成系を見せていましたよね。映画にも主演し、歌もヒットを飛ばしたりして。

この頃のドリフターズは、加藤茶さんが一番人気でアイドル的な存在でしたよね。

当時、小学館で毎月出版されていた学習雑誌『小学⚪︎年生』の付録では、片側がカトちゃんでもう片側が『いなかっぺ大将』の大ちゃんの絵と写真の団扇(うちわ)というのがありました。カトちゃんと大ちゃんがの顔の輪郭が、ほぼ同じだったんですねw

それほど人気者だったわけですよ。

私が知っているかとちゃんのギャグといえば、酔っ払った警察官が自転車に乗って、『ぴんからトリオ』のヒット曲『女の道』を歌いながら壁にぶち当たる!

「すんずれいしました」

もうひとつは、ズンタタタッタ、ズンタッタ〜、ラテン音楽の『タブー』に合わせて踊

「ちょっとだけよ〜」

「あんたも好きね〜」

とやるギャグですね。(これ以上書くと、このブログが消えるのでここまで)

私は、小学生時代にこの、荒井注さん脱退から志村けんさん加入、そして、加藤茶メイン路線から志村けんメイン路線への変更を体験した世代ですので、ほぼドリフどストライク時代。

ドリフを見た後、Gメン75’のオープニングだけ見て寝るというパターンでしたね。

これが、70年代の小学低学年の一般的な土曜の夜って感じです。

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一番人気交代!クラスの人気者は必ず志村けんのギャグをやるようになった。

志村けんが正式なメンバーになると、世の中では、いつしか一番人気のメンバーがカトちゃんからケンちゃんに代わっていきました。

志村けんは、『東村山音頭』を『〜全員集合』の後半戦のコーラスコーナーで面白おかしく披露し、人気を獲得していきました。

「いっちょめ!ワーオ!」

私たちガキは、不思議でした。なぜ2丁目だけ飛ばすんだろう?

東村山に2丁目はないのか?(許してください。地方の小学生です。)

担任の先生がが、クラスのおふざけ人気者に、「ちょっと、前に出ってやってみぃ。」

人気者君は物怖じせずに前に出てきて、「いっちょめいっちょめ!ワーオ!」とやって笑いをとっていました。

みなさんもそんな記憶あるでしょう?

加藤茶の心の広さ

ところで、このドリフターズの一番人気の交代の過程で、カトちゃんに葛藤はなかったのでしょうか。

ドリフ人気は俺が支えているんだ。という自負はなかったのでしょうか。…なかったでしょうね、多分。

その後の、加藤茶さんの活動を見ると、もしかしたら、志村けんにメインを譲る事で、肩の荷を下ろしてるリラックスして仕事が出来たように感じられます。

だって子供の人気を意識していたら、あのサングラスはちょっと…

とは言うものの、ドリフがキャラクターの人形劇『飛べ!孫悟空』のある回のストーリーで、もし、志村がドリフに入っていなかったらカトちゃんが孫悟空で主人公だったのに〜という、もしものシーンをやっていました。

わざわざカトちゃんの悟空のマペット人形を作っての力作シーンでした。(カトちゃんの劇中のキャラクターはハゲのチョビひげにステテコ履いたオッサンです)

カトちゃんって、お笑いでトップをとってやろうとか、人を育てようとか、欲がなく、ああいう生き方にあこがれますねぇ。

やっぱり、どこかに自分はミュージシャンなんだという思いがあるのでしょうか。

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